四次元の賢治と水族館劇場

もともとライブや演劇が好きだったにもかかわらず、最近観ることが少なくなりました。
これではいけない、と思っていたところ興味深いものを見つけたので行ってきました。

ひとつめ
石巻で開催されているリボーンアートフェスティバルのプログラムのひとつ「四次元の賢治」。
中沢新一さんが脚本を書かれており、珍しい試みだということで興味を持ちました。
昨今各地で芸術祭が開催されていますが、リボーンアートフェスティバルは石巻の復興をテーマとしています。
災害に対してアートがどう関わることが出来るのかということと、ネットでの評判はさておき自分の目で確かめてみないとわからないこともあるので、夏休みを利用して石巻に行きました。
さて、四次元の賢治は、蟹の世界、人間の世界、法華経の世界と幾層にもわかれた世界が描かれていて、それぞれの世界が相互に作用しながらも共存していく様が描かれていました。
共存といっても持ちつ持たれつという関係ではなく、蟹にとって人間はクラムボンや金雲母を奪う残念な存在ですし、人間は煩悶の中にいて何かにすがるのだけれども解決にはならない。賢治はそれらの世界を横断する存在。
こう書くとすこし重苦しい内容に聞こえるのですが、演者の軽さがそれをヒラリとかわして、理不尽な現世を俯瞰するような試みでした。(私見です)
正直なところ、このポストロックオペラと称した舞台が良いものか、そうでないのか私には判断がつきません。
既存の価値基準とは少し違う要素が多いためです。
蟹の兄弟の演技はあれでよいのか、賢治の妻は強すぎるのではないか、映像のサイズ、言葉の意味、演出家は誰なのか。気になる点がいくつかあります。
でもたぶんそういったことはどうでもよいことなのでしょう。発信する側がなにかしら思いがあって、それを受け止める方々がいれば成立するのだと思います。
石巻で開催する意味も大きかったですし、地元と思しき方々が多く会場に訪れていたのも興味深く思いました。

ふたつめ
石巻からもどった翌々日に横浜トリエンナーレの関連プログラムとして開催した「水族館劇場 もうひとつの この丗のような夢 ​寿町最終未完成版」を観てきました。
水族館劇場は活動歴が長いものの観るのは初めてです。というか存在を知ったのはつい最近のことで、前回花園神社での公演のレビューを見つけて興味を持ちました。
なにやら水を大量に使うらしいことと、今回の公演場所は寿町の建設現場で行うということ以外は予備知識が無い状態でした。
さて、寿町に向かうと道路には労働者のオッサンたちがたむろしています。
その一角に仮設遊園地のような「盗賊たちのるなぱーく」という名のエリアが舞台です。古書店や理髪店もあり、写真の展示、前日の雨のせいか敷地のところどころに水が溜まって池のようになっていますし、どうみても観客とは思えないような方もチラホラまざっています。
時間になると公演の前に前芝居がはじまりました。
混雑する観客の間を走り抜けていく役者。後ろから、前から、、、さらに上から、いたるところから声が上がり、人が現れて消えていき、一瞬にして日常が舞台空間へと移りかわりました。
台詞は聞こえづらいし、向こうの建物から「うるせー」という怒鳴り声が聞こえるし、それはもう見事なものでした。至福の20分でした。
さて、前芝居が終わると順番に劇場に通されて、そこは意外にもきちんとした空間でした。しかし風が吹けば仕切りの布がはためくし、舞台の奥は閉じていないので街の風景が重なります。外からは車の音、子どもが騒ぐ声、爆竹の音、観客席からもヤジが飛んだりという、いまどきの舞台空間ではありえない状況です。
寿町の街と舞台とがまさに渾然一体となっていました。
そして、直前まで脚本を渡されないために役者の方々は長台詞など大変そうでしたが、テンポと熱量は相当なものでした。
舞台転換の幕間に人間ポンプを観ることができました。

そんな二つの舞台ですが、なにもかも違うので比較することはできません。
しかしながらどちらも自分の中には残るものがありました。
四次元の賢治は第二幕も気になりますし、水族館劇場は次にどこに向かうのか目が離せません。



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by tonpu-2 | 2017-09-06 20:00 | 旅行 | Comments(0)