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唾石症その5

入院三日目


朝食が運ばれてきた。
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絶食後明けということで重湯+具無し味噌汁+牛乳。
口を開けづらいので液体だと助かる。
経口で栄誉が取れるようになると点滴が外れるので、とにかく全部飲んだ。

酸素マスクと胸の電極を外され、足下のマッサージ器を片付けてもらうとベッドもずいぶんスッキリした。
汗臭いベッドには消臭スプレーを撒いた。
早くシャワーを浴びたかった。

午前中に耳鼻科の診察。
ナースステーションでカルテの入った袋を渡されて二階に降りる。
受付で袋を渡すとすぐに診察室に呼ばれた。
舌の裏側は少し痛むけれど、首の傷の痛みはほとんどないことを伝えた。口を開けて中を見られた。
良好のようだ。歯を磨いても良いとのこと。
ドレーンの血液の量は20ml。
これが5ml以下になればドレーンを抜く。それまでには2、3日かかるとのこと。
ドレーンが抜ければ、その穴の傷が塞がるのを待って退院という流れ。

診察が終わってしまうとやることはない。ただ一日ぼんやりするだけだ。
ベッドに横になるといろいろなことが頭に浮かんだ。
不整脈も酷くてもう一生このままだったらどうしようとか、自分の駄目なことばかり思い浮かんで泣けてきた。
考えても仕方ないことばかりだから、とにかく食べて寝ることだけを考えようと思った。
(後になって思えばおそらく麻酔が抜けきっておらず、メンタルに来ていたようだ)

とはいっても暇で仕方ないのでデイルームにある漫画を片っ端から読んだ。
天才ファミリーカンパニー、ドラゴンヘッド、将太の寿司など。
置いてある本は患者が残していったものらしい。
病院に娯楽は少ないが、もう少しなんとかならないものかと思う。

夜が来た。
二日間ほとんど寝ていないので頭がジーンと痺れている。
今日も寝付けそうにないので眠剤を処方してもらった。
一錠だと多いかと思い、半錠にするためのピルカッターをナースステーションで借りようと思ったけれど置いていないとのこと。
まぁいいやと思いマイスリーを一錠飲んだ。

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by tonpu-2 | 2015-08-31 21:00 | 日常 | Comments(0)

唾石症その4

入院二日目(手術当日)


あまり眠れなかった。
緊張のためではなくベッドが固いし枕も高さが合わなかった。
血栓予防のストッキングを履かされた。
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予定では12:30に手術室に移動するはずだったが時間が早まり11:30には病室を後にした。
病室ではお昼ご飯が配膳されていた。

手術室は4階。担当の看護師さんと一緒に歩いて移動した。
顎左右両方の手術のため、左右の腕に赤と青のリストバンドを付けられた。
そして着替え。
上下セパレートになっており、下はグルっと布を巻いてお腹のところに布の端を入れて固定するだけだった。これは簡単に全裸になるな、、、。

手術室の全室にはストレッチャーの上でスヤスヤ眠っている人がいて「あーこんあもんなんだな」と思った。
もうここまで来ると後に引き返せない。
手術室は思いのほか広くて、スタッフの数も多かった。
奥に担当医が居てペコリと挨拶すると、後は流れ作業のような感じで、「ストレッチャーに乗ってくださいねー」「電極つけますねー」「酸素オッケーです」「点滴入れますねー」「この後麻酔入りますねー」「はい入りますよー」という声がかかったのでいよいよかと思った。
ストレッチャーの上は照明がまぶしくて目蓋がオレンジ色に見えた。
まだ意識があるなーと思いながら数秒まってまだ意識があるので「あのー」と声をかけようとしたところで落ちていた。

「いそ○らさーーーん」と声がした。
とても眠かった。気を抜くとすぐに眠ってしまい何度も名前を呼ばれた。
意識がはっきりしてくると肺に通していたカテーテルを抜かれた。
呼吸ができない息苦しさがあったが、事前説明で深呼吸をするようにと言われたのを思い出して大きく息を吸った。
「そうです。そうですよー。息吸ってー」と看護師さんの優しい声が聞こえた。眠くて眩しくて目を開ける事が出来ない。
・・・すると猛烈な吐き気を感じた。
「ずびばぜんぎもぢわるいんでずけど・・・」と言うと顔の脇にビニール袋を用意してくれた。
この世の終わりのような絶叫とともに吐いた。ジャイアンリサイタルみたいな声だったと思う。
吐いても吐いても吐き気が止まらず、点滴で吐き気止めを入れられた。
頭もぐわんぐわんして極度の泥酔のような感じ。

しばらくするといくぶん吐き気が治まったので移動しようとストレッチャーが動くと振動のガタガタで乗り物酔いのような感じになり、またボエーーーーっと吐き気が襲ってきた。
別の吐き気止めを注入されてしばらく待つ。
なにも出ないけど吐き気だけが残り生き地獄。自分的な嘔吐ランキングは一昨年のノロウィルスだったが、軽く更新した。

「・・・けっこう吐き気がすごいね・・・どうしようか・・・しばらく様子を・・・」などヒソヒソ話す声が丸聞こえ。
「くるしいねー」と背中をさすってくれた看護師さんには申し訳ないが、「ぜながをじゃわらないでぐだざい」と涙目で訴えた。

すると「もう移動しまっす!」と無情の声がかかり、超高速で移動。
途中のガタガタする振動が全身に響いて吐き気で死ぬかと思った。
「ずびばぜんガダガダずるどぎぼぢわるぐでぼーだめでず・・・」と訴えるも「はいそうですよねー」と聞き流された。
で、病室に到着。
身体中から汗が吹き出し頭はグワングワンして気持ち悪いしでこの世の終わりかと思った。

まるで汗に浸したベッドに横たわっているかのようだ。

口には酸素マスクが付けられたが耳にゴムをかけるので締め付けが不快で外した。
酸素濃度が安定しないのでマスクを付けるように言われたが、吐き気で無理だと伝えると鼻から吸引するものに変えてくれた、はじめからこれにしてほしかった、、、。

暑いのか寒いのかよくわからないがとにかく不快。
看護師さんがかけてくれた布団をはがした。
枕を低いものに変えてもらいアイスノンを持ってきてもらった。
が、アイスノンが冷たすぎるのでタオルでくるんだ。
普段家で使っているタオルが大活躍した。
タオルに残る家の匂いを嗅ぐとパニック状態の気分が落ち着いた。
おかゆや妻のことを思い出すと泣きそうになった。

「そういえば妻はどこに!?」と思いはじめた。たしか見舞いに来てるはずなんだけどなぁ、、、。
病室では食事が出されていた。
「あれ?ここを出る時も食事タイムだったけれど?何時間経ったんだ??」と、わけがわからなくなった。
手術は三時間くらいと聞かされていたが、それでは計算が合わない。
お昼ご飯から晩ご飯の間まるまる手術していたことになる。
6時間?え??え???
目を脇のテレビ台に移すと新しい着替えが置いてあった。来たけど手術に時間がかかったから帰ったんだな、と気づいた。

胸には電極が三つ。
指先には酸素濃度計。
ち○こには尿道カテーテル。
腕には点滴。
鼻には酸素マスク。
足には血栓防止ストッキングとマッサージ機(血圧計のようなシートを巻き付けるタイプ)。
首からは血抜きのドレーン。

コードやら管やらでもじゃもじゃ状態。そして術後四時間は絶対安静で起き上がってはいけない。

口には痰が溜まるので、頭の脇に置かれたティッシュをつかって吐き出した。
うっかり飲み込んでしまうと肺の動きが悪いために詰まることがあるらしく、必ず吐き出すようにと言われた。
口の中も切っていたので痰には血が混ざっていた。

口の中が乾燥して気持ち悪かったので看護師さんに介添えしてもらって吸い口から水を飲んでウガイをした。
二時間位経つと水を飲んでもよいということでペットボトルの水をグヴィグビ飲んだ。
この水は妻のお土産。特に水がほしいとか伝えていなかったけれど気がきくな〜と思った。
水うまし!

動けないのは辛い。
じっとしていると、まだ麻酔が抜けていないので眠たくなる。
意識朦朧とすると、足に付けられた血栓予防のマッサージ機がプシュープシューとゆっくり動き、この刺激で目が覚めてしまう。
普段だったら心地よいマッサージもこの時ばかりは「一刻も早く取ってくれ。俺は血栓など出来ない」と苛立っていた。
後で知ったが、このプシュープシューは温風が出ているとのことで、そりゃー暑いわけだ。

尿道カテーテルが気持ち悪い。常に漏らしているような感覚。
もうどうでもいいや、と諦観し漏らし続けることにした。

体内時計ではそろそろ三時間位経っただろうと思い、「あと何時間ですか?」と看護師にたずねると「いま二時間経ったので、あと二時間ですねー」との答えに気が遠くなった(後に、斜め向かいの腰の手術をする方への説明では「安静八時間」と聞き自分は楽なほうだなと反省)。

額の脂汗を拭い、水を飲み、痰を吐き、ただひたすら時が過ぎるのを待つしかない。
背中と腰がやたらと痛い。これは手術中に長時間寝たままで動いていないためらしい。

消灯時間を過ぎた頃、やっと足のマッサージ機を外されて、ストッキングを脱ぐ事が出来た。
そして上半身を蒸しタオルで拭いてもらいパジャマを着替えた。
生き返った気分だった。
尿道カテーテルも抜かれた。若い看護師さんが「カテーテルやったことありますか?」と聞かれたので「ありません」と答えると「そうですかー」とのこと。
「じゃあ抜きますねー」と言いながらグイっと引っ張られるとあっけなく抜けた。もっと痛いのかと思ったが、少しチクっとしただけ。

時間とともに管が減っていく。
しかし点滴は慣れているので良いとして、他の管が邪魔で仕方ない。
首のドレーンは引っ掛けたりして外れると再手術が必要だと脅されたので、うっかり寝返りをうてない。
指先に付けられた酸素濃度計も地味に痛い(洗濯バサミで挟まれているようなもの)。
胸の電極が外れてしまって測定器がビーーーー!!!と凄い音で鳴ったけどナースステーションからは誰も来なかった。
自分でペタっと貼り直したら音はおさまった。
酸素濃度計が痛くなったら他の指に付け直して凌いだ(どの指に付けてもよいらしい。早くおしえてくれ)。

トイレに行きたくなったのでナースコールをした。
麻酔後に初めて起き上がる時、フラついて転んだりすることがあるらしい。
ゆっくりと起き上がって点滴をガラガラと引いてトイレに向かって用を足した。
尿道がピリピリ痛む。これは数日続くらしい。
帰りに、手洗いの鏡に映った自分の姿を見ると酷いものだった。

眠れないし辛いし暑いしやることも無いのでベッドの上で途方に暮れていたら巡回中の看護師さんからペンライトで照らされて「大丈夫ですか?」と声をかけられた。
とにかく暑くて眠れないからアイスノンを交換してほしいと伝えた。
結局一夜のうちにアイスノンを四回交換してもらった。最終的には足下に置いて、暑い時は足を乗せて冷やし、冷たくなったら足を外すのが最も効率がよくて身体にも負担がないと気づいた。
どうやら消灯後は空調が止まるらしい。その日は東京でも記録的な猛暑だった、、、。

そして朝がやってきた。
映画やテレビで見た手術後の様子は大嘘だと気づいた。
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by tonpu-2 | 2015-08-25 20:00 | 日常 | Comments(0)

唾石症その3

入院1日目

さて、入院当日。
小さいスーツケースに着替えやコップなど日常生活に必要なものを詰める。
しばらく、おかゆと会えなくなるのが寂しい、、、。

いつもの病院に到着して、事務手続きを済ませると病室は8階だった。
窓からは新宿の眺めが凄かったが、あいにく6人部屋の真ん中だった。
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しばらくすると明日の手術の説明ということで担当医や麻酔科の人たちが代わる代わるやってきた。
術後に痰が出るからティシュを一箱用意すること、と言われたので2階のコンビニに買いに出かけた。ついでに、くじら食堂のカップ麺を見つけたので食べてみた。
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鶏塩白湯スープでなかなか美味しい。
やることがないので漫画を読んでいると晩ご飯の時間となった。
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メインは鶏の照り焼き。UCということでおかゆにされた。
20時以降は絶食となり、お水も翌朝8時までと制限された。
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by tonpu-2 | 2015-08-21 20:00 | 日常 | Comments(0)

唾石症その2

検査

全身麻酔を行うための前検査として心臓の検査を行った。健康診断でよくやる、胸に電極を付けて心音を記録するアレだ。
すると不整脈が見つかった。
不整脈は自分でも思い当たるフシがある。
ドコ、ドコ、ドコ、、ドドコ、ドコ、ドコみたいに脈が飛ぶのである。
普段あまり症状はないけれど寝る前とか横になっているとわかる。

不整脈にはいくつか原因があるため、心臓を検査することになった。
心筋梗塞から弁膜症など不整脈は危険な病気の兆候でもある。
というわけで耳鼻科の次に循環器内科に行くことになった。
身体に電極を付けて24時間心臓の動きを観察するホルター検査を行った。
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これを付けて、歩く、階段を上がる、トイレ、食事など何か動作するたびにボタンを押して所定の用紙にも記入する。
終わったら病院に行って機械を返却して終わり。
解析するのに一週間位時間がかかる。まぁ24時間分のデータがあるわけだから時間がかかるわな。
そしてエコー検査も行った。

結果は一日のうち18%の不整脈が検出された。
通常、10%以上から治療対象になるらしいが、幸いなことに心臓自体に異常がないため経過観察となった。
脈が飛ぶのは期外収縮と言われるもので、命に別状はなく、いったん投薬するとなかなか切ることができないため特段症状が無ければあわてて治療することはないとの診断だった。
そして手術もOKとのことだった。

耳鼻科の先生とも連携が良くて、手術の日程までに話しはどんどん進んでいった。

入院期間は約一週間。
傷の治り具合や合併症などなければそれほど大したものではないと聞かされた。
全身麻酔の手術というとテレビや映画などで見た光景が思い出された。
手術台に横たわり、マスクから麻酔を入れられるとすぐに眠り、気がつくと病室にいて「あれ?もう終わったのか。いま何時?」みたいな。

続く。
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by tonpu-2 | 2015-08-10 15:18 | 日常 | Comments(0)

唾石症その1

発症

夕方、甘酸っぱいベリーがたくさん乗ったケーキを食べていたら急にホッペタの下のところが痛くなった。
あれー痛いな、、、と呟くと真正面に居た会社の方が、、、「すっごく腫れてるよ」と心配そうな顔で言うので鏡を見たところポコっと膨らんでいて押さえると痛い。
仕事は午後半休を取り、慌ててかかりつけの病院に行くことにした。

時間外なので救急扱いになり、ひとまず内科に行ったのだが当直医の先生は要領をえず考え込んでしまった。
しばらくたってから耳鼻科から二人の先生がやってきた。
腫れたところを内と外からグリグリ押さえたり腫れた時の状況を説明したところ、唾液線に石が出来ているかもしれないとのことで、後日CTを撮ることになった。

口の中には唾液が流れる管が何本かあり、そのうちの一つに石ができて詰まることにより炎症が起こることがある。
唾石症という。
ただし、はっきりしたことは検査だけではわからず、良くない例では悪性の腫瘍の場合もあるらしい。
とりあえずその日は抗生物質と痛み止めを処方されて帰宅した。

後日CT検査を行うと、やはり石が映っていた。さほど大きなものではなく2、3mm程度。
右の耳下に一つ、左の顎に二つの計三つ。
この石がやっかいで外科手術でしか取り除けないらしい。
しかも放っておくとどんどん育って大きくなっていくし、炎症も起こるので早めに取り除いた方がよいとのこと。
首の当たりには顔や脳とつながる神経がいくつも有るので傷つけるわけにいかないから全身麻酔をするらしい。
話しを聞いてもピンと来ず「お任せします」と返事をした。

すぐにでも手術を、と思ったのだが、あいにく忙しい時期でどうしても7月にならないと長期の休みを取ることが出来なかった。
そして手術までにいくつか検査を行うことになる。

続く。
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by tonpu-2 | 2015-08-10 15:00 | 日常 | Comments(0)

柿時代その5

学生時代の時間割

8:30 起床
9:30 ビデオ屋でアルバイト
17:00 学校
21:30 アートディレクターのところでアルバイト
28:00 アルバイト終わり帰宅、学校の課題や製作など

ということで活動が24時間に収まっていない。
寝る時間がないので主に学校で寝る又は学校をサボって家で寝るということになった。

十二指腸潰瘍になった。
無理な生活がたたったらしい。
医者からは入院をすすめられたが無理だと断ると、必ず薬を飲むこと、生活と食事を見直すように言われた。
けれど、なす術がない。
将来のことを考えるとますます不安になり、痛みに拍車をかけた。

そして三年生になる頃にはビデオ屋に行く時間もなくなり、収入が減った。
仕送りが増えるわけでもないので、当然生活を切り詰めなくてはならない。つまり食費を減らすしかない。

秋になると、猫の額ほどの庭の柿の木に実がたくさんなった。
なんの手入れもしていなかったから柿の実は熟すと道路に落ちてしまい、近所の人からクレームが来た。
「きちんと掃除しろ、汚い、臭い」など。
「僕は大家ではないので、、、」とお茶を濁すしかなかった。
するとクレームおばさんは「前に居た人は近所にお裾分けしていたのに!」と怒鳴るので、あぁ…これは食べられる柿なんだと思った。てっきり渋柿だと思い込んでいた。

早速部屋に戻り二階の朽ちたベランダから手を伸ばして柿をもぎ、食べてみた。
かなり甘くて美味しい!
そりゃあ近所の人も楽しみにするわな、、、と思った。
そして我が家の侘しい食事に柿が加わることになった。

出前一丁と柿。ボンカレーと柿。ふりかけご飯と柿。

柿のおかげでずいぶん豪華になった気がした。
食べても食べても一人では食べきれないので、友達に配ったりした。
おかげで今でも柿を見るとあの頃の生活を思い出す。
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by tonpu-2 | 2015-08-04 20:00 | 日常 | Comments(0)

猫、カレー、ラーメン、たまに旅。


by tonpu-2