唾石症その4

入院二日目(手術当日)


あまり眠れなかった。
緊張のためではなくベッドが固いし枕も高さが合わなかった。
血栓予防のストッキングを履かされた。
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予定では12:30に手術室に移動するはずだったが時間が早まり11:30には病室を後にした。
病室ではお昼ご飯が配膳されていた。

手術室は4階。担当の看護師さんと一緒に歩いて移動した。
顎左右両方の手術のため、左右の腕に赤と青のリストバンドを付けられた。
そして着替え。
上下セパレートになっており、下はグルっと布を巻いてお腹のところに布の端を入れて固定するだけだった。これは簡単に全裸になるな、、、。

手術室の全室にはストレッチャーの上でスヤスヤ眠っている人がいて「あーこんあもんなんだな」と思った。
もうここまで来ると後に引き返せない。
手術室は思いのほか広くて、スタッフの数も多かった。
奥に担当医が居てペコリと挨拶すると、後は流れ作業のような感じで、「ストレッチャーに乗ってくださいねー」「電極つけますねー」「酸素オッケーです」「点滴入れますねー」「この後麻酔入りますねー」「はい入りますよー」という声がかかったのでいよいよかと思った。
ストレッチャーの上は照明がまぶしくて目蓋がオレンジ色に見えた。
まだ意識があるなーと思いながら数秒まってまだ意識があるので「あのー」と声をかけようとしたところで落ちていた。

「いそ○らさーーーん」と声がした。
とても眠かった。気を抜くとすぐに眠ってしまい何度も名前を呼ばれた。
意識がはっきりしてくると肺に通していたカテーテルを抜かれた。
呼吸ができない息苦しさがあったが、事前説明で深呼吸をするようにと言われたのを思い出して大きく息を吸った。
「そうです。そうですよー。息吸ってー」と看護師さんの優しい声が聞こえた。眠くて眩しくて目を開ける事が出来ない。
・・・すると猛烈な吐き気を感じた。
「ずびばぜんぎもぢわるいんでずけど・・・」と言うと顔の脇にビニール袋を用意してくれた。
この世の終わりのような絶叫とともに吐いた。ジャイアンリサイタルみたいな声だったと思う。
吐いても吐いても吐き気が止まらず、点滴で吐き気止めを入れられた。
頭もぐわんぐわんして極度の泥酔のような感じ。

しばらくするといくぶん吐き気が治まったので移動しようとストレッチャーが動くと振動のガタガタで乗り物酔いのような感じになり、またボエーーーーっと吐き気が襲ってきた。
別の吐き気止めを注入されてしばらく待つ。
なにも出ないけど吐き気だけが残り生き地獄。自分的な嘔吐ランキングは一昨年のノロウィルスだったが、軽く更新した。

「・・・けっこう吐き気がすごいね・・・どうしようか・・・しばらく様子を・・・」などヒソヒソ話す声が丸聞こえ。
「くるしいねー」と背中をさすってくれた看護師さんには申し訳ないが、「ぜながをじゃわらないでぐだざい」と涙目で訴えた。

すると「もう移動しまっす!」と無情の声がかかり、超高速で移動。
途中のガタガタする振動が全身に響いて吐き気で死ぬかと思った。
「ずびばぜんガダガダずるどぎぼぢわるぐでぼーだめでず・・・」と訴えるも「はいそうですよねー」と聞き流された。
で、病室に到着。
身体中から汗が吹き出し頭はグワングワンして気持ち悪いしでこの世の終わりかと思った。

まるで汗に浸したベッドに横たわっているかのようだ。

口には酸素マスクが付けられたが耳にゴムをかけるので締め付けが不快で外した。
酸素濃度が安定しないのでマスクを付けるように言われたが、吐き気で無理だと伝えると鼻から吸引するものに変えてくれた、はじめからこれにしてほしかった、、、。

暑いのか寒いのかよくわからないがとにかく不快。
看護師さんがかけてくれた布団をはがした。
枕を低いものに変えてもらいアイスノンを持ってきてもらった。
が、アイスノンが冷たすぎるのでタオルでくるんだ。
普段家で使っているタオルが大活躍した。
タオルに残る家の匂いを嗅ぐとパニック状態の気分が落ち着いた。
おかゆや妻のことを思い出すと泣きそうになった。

「そういえば妻はどこに!?」と思いはじめた。たしか見舞いに来てるはずなんだけどなぁ、、、。
病室では食事が出されていた。
「あれ?ここを出る時も食事タイムだったけれど?何時間経ったんだ??」と、わけがわからなくなった。
手術は三時間くらいと聞かされていたが、それでは計算が合わない。
お昼ご飯から晩ご飯の間まるまる手術していたことになる。
6時間?え??え???
目を脇のテレビ台に移すと新しい着替えが置いてあった。来たけど手術に時間がかかったから帰ったんだな、と気づいた。

胸には電極が三つ。
指先には酸素濃度計。
ち○こには尿道カテーテル。
腕には点滴。
鼻には酸素マスク。
足には血栓防止ストッキングとマッサージ機(血圧計のようなシートを巻き付けるタイプ)。
首からは血抜きのドレーン。

コードやら管やらでもじゃもじゃ状態。そして術後四時間は絶対安静で起き上がってはいけない。

口には痰が溜まるので、頭の脇に置かれたティッシュをつかって吐き出した。
うっかり飲み込んでしまうと肺の動きが悪いために詰まることがあるらしく、必ず吐き出すようにと言われた。
口の中も切っていたので痰には血が混ざっていた。

口の中が乾燥して気持ち悪かったので看護師さんに介添えしてもらって吸い口から水を飲んでウガイをした。
二時間位経つと水を飲んでもよいということでペットボトルの水をグヴィグビ飲んだ。
この水は妻のお土産。特に水がほしいとか伝えていなかったけれど気がきくな〜と思った。
水うまし!

動けないのは辛い。
じっとしていると、まだ麻酔が抜けていないので眠たくなる。
意識朦朧とすると、足に付けられた血栓予防のマッサージ機がプシュープシューとゆっくり動き、この刺激で目が覚めてしまう。
普段だったら心地よいマッサージもこの時ばかりは「一刻も早く取ってくれ。俺は血栓など出来ない」と苛立っていた。
後で知ったが、このプシュープシューは温風が出ているとのことで、そりゃー暑いわけだ。

尿道カテーテルが気持ち悪い。常に漏らしているような感覚。
もうどうでもいいや、と諦観し漏らし続けることにした。

体内時計ではそろそろ三時間位経っただろうと思い、「あと何時間ですか?」と看護師にたずねると「いま二時間経ったので、あと二時間ですねー」との答えに気が遠くなった(後に、斜め向かいの腰の手術をする方への説明では「安静八時間」と聞き自分は楽なほうだなと反省)。

額の脂汗を拭い、水を飲み、痰を吐き、ただひたすら時が過ぎるのを待つしかない。
背中と腰がやたらと痛い。これは手術中に長時間寝たままで動いていないためらしい。

消灯時間を過ぎた頃、やっと足のマッサージ機を外されて、ストッキングを脱ぐ事が出来た。
そして上半身を蒸しタオルで拭いてもらいパジャマを着替えた。
生き返った気分だった。
尿道カテーテルも抜かれた。若い看護師さんが「カテーテルやったことありますか?」と聞かれたので「ありません」と答えると「そうですかー」とのこと。
「じゃあ抜きますねー」と言いながらグイっと引っ張られるとあっけなく抜けた。もっと痛いのかと思ったが、少しチクっとしただけ。

時間とともに管が減っていく。
しかし点滴は慣れているので良いとして、他の管が邪魔で仕方ない。
首のドレーンは引っ掛けたりして外れると再手術が必要だと脅されたので、うっかり寝返りをうてない。
指先に付けられた酸素濃度計も地味に痛い(洗濯バサミで挟まれているようなもの)。
胸の電極が外れてしまって測定器がビーーーー!!!と凄い音で鳴ったけどナースステーションからは誰も来なかった。
自分でペタっと貼り直したら音はおさまった。
酸素濃度計が痛くなったら他の指に付け直して凌いだ(どの指に付けてもよいらしい。早くおしえてくれ)。

トイレに行きたくなったのでナースコールをした。
麻酔後に初めて起き上がる時、フラついて転んだりすることがあるらしい。
ゆっくりと起き上がって点滴をガラガラと引いてトイレに向かって用を足した。
尿道がピリピリ痛む。これは数日続くらしい。
帰りに、手洗いの鏡に映った自分の姿を見ると酷いものだった。

眠れないし辛いし暑いしやることも無いのでベッドの上で途方に暮れていたら巡回中の看護師さんからペンライトで照らされて「大丈夫ですか?」と声をかけられた。
とにかく暑くて眠れないからアイスノンを交換してほしいと伝えた。
結局一夜のうちにアイスノンを四回交換してもらった。最終的には足下に置いて、暑い時は足を乗せて冷やし、冷たくなったら足を外すのが最も効率がよくて身体にも負担がないと気づいた。
どうやら消灯後は空調が止まるらしい。その日は東京でも記録的な猛暑だった、、、。

そして朝がやってきた。
映画やテレビで見た手術後の様子は大嘘だと気づいた。
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by tonpu-2 | 2015-08-25 20:00 | 日常 | Comments(0)

猫、カレー、ラーメン、たまに旅。


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